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大阪地方裁判所 昭和62年(わ)2537号 判決

主文

被告人前田悦夫を懲役一〇月に、被告人橋本俊彦を懲役八月にそれぞれ処する。

この裁判の確定した日から、被告人両名に対し各三年間それぞれその刑の執行を猶予する。

訴訟費用は、その二分の一ずつを各被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人前田悦夫は、昭和四五年四月に島本町消防署消防職員となり、昭和六二年四月当時は消防司令の階級にあったもの、被告人橋本俊彦は、昭和四九年四月に同消防署消防職員となり、昭和六二年四月当時は消防副士長の階級にあったものであるが、被告人前田において、昭和六一年一〇月に同町消防本部消防長に就任した田渕徹(昭和一四年一月一一日生)との間が険悪で、昭和六二年四月一日の同消防署の人事異動の際にはこれに不満を抱いて「わしらの敵や」などと被告人橋本らに話し、右田渕が被告人前田らの意に沿わない上司として、同消防署内部で不祥事を起こせば右田渕がその責任を問われ消防長の職を解かれるものとも考えるに至り、同月四日午前九時ころ、被告人橋本とともに勤務明けの帰途、同被告人に対し、「消防部内で何か事件を起こせば、田渕消防長も役場の方へ帰るやろう。消防長の部屋に犬か猫の死骸を入れたらびっくりして、職員の間にも広がったら部下の管理能力を問われ役場の方へ帰るやろう」などと持ちかけ、同被告人においてもこれに同意し、その後、被告人前田において、猫の死骸を準備し、これにマーキュロクロム液を振りかけ、また、犬の糞を用意するなどしたうえ、同日夕方、大阪府三島郡島本町桜井四丁目九番一一号の当時の被告人橋本方を訪れ、同被告人に対し、消防長室への入り方などの手段、方法を指示するなどし、そのころ、同被告人においても、被告人前田の意図に同調してその用意した猫の死骸及び犬の糞を消防長室に運び入れ、これを発見した前記田渕に著しい不快嫌悪の情を抱かせるなどしてその業務を妨害する意思を固めて、被告人前田との間でその旨意思相通じて、被告人両名は、共謀のうえ、翌五日午前九時四〇分ころ、同町若山台一丁目二番五号所在の島本町消防本部三階消防長室において、被告人橋本が、ロッカー内に収納されていた右田渕の作業服上衣左胸外ポケットに犬の糞を入れ、事務机の引出内にマーキュロクロム液で赤く染まった猫の死骸を入れ、同月六日午前八時一五分ころ、執務のため右消防室に入った右田渕をして、右犬の糞及び猫の死骸を順次発見させ、よって、同人にその臭気や形状により著しい不快、嫌悪の情や恐怖感を抱かせ、そのころから同日午後二時四〇分過ぎころまでの間部下職員からの報告の受理、各種決裁事務の執務を不可能ならしめ、もって、威力を用いて同人の業務を妨害した。

(証拠の標目)(省略)

(法令の適用)

被告人両名の判示所為 いずれも刑法六〇条、二三四条、二三三条、罰金等臨時措置法三条一項一号

刑種の選択      被告人両名の判示の罪いずれについても所定刑中懲役刑を選択

主刑         被告人前田を懲役一〇月、被告人橋本を懲役八月

刑の執行猶予     各刑法二五条一項(被告人両名に対し各三年間それぞれ猶予)

訴訟費用       刑事訴訟法一八一条一項本文(二分の一ずつを各被告人の負担)

(量刑の理由)

本件は、消防職員として住民の安全を守るべき職務を有していた被告人両名において、個人的に人事などの不満を抱いていたその組織の長に判示認定のとおりの卑劣かつ陰湿な犯行に及んだものであり、本件犯行により当該消防署職員全体に対する信頼を失墜させたことも容易に推察しうるところで、被告人両名に対しての厳しい社会的非難は免れず、かかる犯行を敢行した被告人両名の刑責にも重いものがあり、とくに、被告人前田にあっては、具体的な犯行の準備、指示を行ない、また、犯行後の証拠隠滅行為も指示するなど、主導的立場で本件犯行に関与しながら、自己の刑責の軽減を図る弁解に終始してきたもので、とりわけ責任が重く、被告人両名に対してはそれぞれ相当の懲役刑をもってのぞむべきと考えるが、被告人両名ともこれまで交通事犯のほかは前科もなく、現在免職処分となるなど既に相応の社会的制裁も受けており、また、とくに、被告人橋本においてはその身上関係の変化や反省も認められることも他方で考慮し、それぞれ主文掲記の刑を量定したうえその刑の執行を猶予することとする。

よって、主文のとおり判決する。

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